Diary & Essay

アーティストの鈴木康広さんについて

構成を担当した、アーティストの鈴木康広さんと、エシカルプランナー兼ギャルモデルの鎌田安里紗さんの対談記事が公開された。エシカル対談シリーズの10回目の記事。安里紗さんの引き出し方が上手で、人選がすばらしかったから、捨ての部分を作るのが申し訳なくて、毎回記事が長い。

大切なのは「自意識過剰」に気づいて、育てること【アーティスト鈴木康広】
http://qreators.jp/content/496

このシリーズの仕事は、私個人の興味と合致していたから、毎回音声を何度もなんども聞いて、細かく文字起こしをした。
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キングコング西野さんの「お金の奴隷解放宣言。」とギフト経済について

昨年からギフト経済ラボのメンバーになった。ギブ&テイクで経済を回すのではなく、ギブ&ギブ(恩送り、Pay it forward)で経済を回せるのではないかという発想がギフト経済だ。そのラボの活動の一部として、カルマキッチンというギブ&ギブで回すレストランのイベントをやっている。

先日、キングコング西野さんが自分の絵本をWEB上で無料公開したことについて書いた「お金の奴隷解放宣言。」というブログを読んだ。書いてあることはギフト経済ラボでやっていることと同じ! 1月23日(月)夜にやるトークイベントの関係者とも、「時代が着実に来ているねえ」と喜び合った。ただ、正直言えば、少しモヤモヤしたのも事実だ。

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バリで感じた「物と霊性」

バリ旅行の際、バリが登場する小説を読んで空気感を味わおうと思って、中島らも『水に似た感情』を読んだ。そのなかで、筆者はこういうことを書いている。主人公モンクと音楽家のソトさんが、対談のネタをあみだくじで決めることになるシーンだ。

「今度はソトがくじを引いた。
お題は『物質と霊性について』だった。
二人とも困り果てて、三分以上も黙り込んでしまった。」

なんとなく、黙り込んでしまったほうがクールというか、こういうことをガシガシ言語化するのって、野暮な気もする。中島らもさんだって、書こうと思ったら書けるはずだけれど、書かなかった。でも私は書きたい。
バリで「物質と霊性」について、よく考えた。 Read more…

センチメンタル・バリュー付きクリスマスツリー

先週の土曜日、クリスマスツリーをやっと片付けた。日本ではお正月仕様に変えるために、クリスマスツリーを長々と出しておく習慣はない。けれど、フランスでは6日まで飾るらしい。このところ数年、家族とともにクリスマスを過ごしていない夫の意向を汲んで、ちょっと長めに出しておいた。

このクリスマスツリーは実家から持ってきた、私が小さい頃から使ってきたものである。

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物がまとう「何か」の価値

ツイッターですてきな投稿を見た。伊勢丹の、宝飾品売り場かウェディングドレス売り場かで起こったできごとに関する投稿だ。

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子どもの頃のお正月

祖父母が元気だった頃、年末年始は毎年、父方の祖父母の家に行くことになっていった。28日か30日に餅をつき、その合間に家中を掃除する。祖父母の家は養蚕をやっていた古い家に新しい家を増築したのでやたら広く、やってもやっても片付かない。赤城山の裾野を吹き抜けてきた空っ風で埃っぽいなか、バケツの水を真っ黒にして、うんざりしながら床をゴシゴシとこすり、窓を磨き、祖父のタバコで真っ黒になった台所兼食堂の壁を拭く。

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吃音の話

1月から毎日1作品ずつ紹介している、私的児童文学100のリスト。3月6日は重松清さんの誕生日ということで、今日、1日早く重松さんの『きよしこ』を紹介した。実は私も、会社員2年目の頃、突然吃音になったことがある。 Read more…

言わなくてもいいことを言わない人

世界でいろんなことが起こっている。
陰惨な事件、政治のこと、宗教のこと、経済のこと。
一言でもそれに言及しないと、
なんとなく社会人としてダメなんじゃないかと感じてしまうような、
センセーショナルな出来事がいっぱい。

なんだか、ちょっと疲れてきた。 Read more…

「使うかも……」から抜け出て物を捨てるための、判断基準あれこれ

ちょっと前に大掃除を行なった。私はフェリックス軍曹のお片づけブートキャンプの隊員ではあるけれど、決して捨て魔でも捨てたい病でもない。だから軍曹の目がなければ物は別に好んで捨てようとは思わない。さすがに不要品は、使わないのにとっておくのは死体遺棄みたいだと気づいたから捨てるけれど。

だけど先日、結婚してから初めてやった大掃除で大量のゴミを捨てた。お風呂掃除で弾みがついちゃって、この際だから軍曹が何も言わなくても徹底的に片付けようかと思ったのだ。ゴミを捨てながら、なんとなく判断基準にしていたことを、今後の自分のためにまとめておこうと思う。

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子どもが見た西ベルリン&東ベルリン、そして壁崩壊後25年

25年前の11月9日、ベルリンの壁が崩壊した。テレビでそれを見て、当時小学校6年生だった私は本当にびっくりした。直前の夏にベルリンに行き、東側と西側の両方から壁を見ていたからだ。

その旅は父の仕事の関係で、ソビエト連邦(当時)から始まり、エストニア(当時はまだソ連だった)→フィンランド→スウェーデン→東ドイツ(当時)→西ベルリン(西ドイツと思いきや、西ベルリンは米英仏の三ヶ国の占領地だったらしい)→東ドイツ→チェコスロバキア(当時)→イギリス→アメリカと移動した。短期間で共産主義と資本主義の国を行き来したから、その違いが小6の私にもよくわかった。 Read more…