キングコング西野さんの「お金の奴隷解放宣言。」とギフト経済について

昨年からギフト経済ラボのメンバーになった。ギブ&テイクで経済を回すのではなく、ギブ&ギブ(恩送り、Pay it forward)で経済を回せるのではないかという発想がギフト経済だ。そのラボの活動の一部として、カルマキッチンというギブ&ギブで回すレストランのイベントをやっている。

先日、キングコング西野さんが自分の絵本をWEB上で無料公開したことについて書いた「お金の奴隷解放宣言。」というブログを読んだ。書いてあることはギフト経済ラボでやっていることと同じ! 1月23日(月)夜にやるトークイベントの関係者とも、「時代が着実に来ているねえ」と喜び合った。ただ、正直言えば、少しモヤモヤしたのも事実だ。


先に断っておくと、ここに書くことはギフト経済ラボの総意ではない。私はギフト経済ラボのメンバーとはいえ、ラボのメンバー内で一番端っこにいるというか、一番俗っぽいところにいる自覚がある。もちろん、ギフト経済のコンセプトはとてもすばらしいと思っているけれど、周りのメンバーに比べて、たぶん私は「周りに与える力」がまだ弱い。ラボはギフト経済を実験する場だけれど、私は実験者兼被験者なのかもしれない。

■カルマキッチンは、恩を次に回すレストランイベント

カルマキッチンは、ギフト経済を体験できる場としてやっている。カルマキッチンでは、レストランに入ると「あなたの分の代金は前の人が払ってくれています。なので、支払い義務はありません。もしあなたが次の人の分を払いたければ払うこともできます。もちろん、払いたくなければ払わなくてもいいし、お金を払うこととは別の形で、前の人からもらった『恩』を次の人に繋いでもかまいません」と言われる。

西野さんの「お金の奴隷解放宣言。」の、

「もしかしたら、コレは恩で回せるんじゃないかな?」
「もしかしたら、コレは入り口でお金を取るのではなくて、人の善意に期待してもいいんじゃないかな?」
と考えることはできる。
そういうモノが見つかれば、そこに関しては自分ができる範囲で、自分から恩を贈ればいい。

という文章と同じ発想だ。

■カルマキッチンで提供されるものは、「無料」ではない

このカルマキッチンをやるときにとても注意しているのが、「飲食代は無料ではない」とはっきりさせること。提供される食事は無料ではない。誰かがあなたの分を払ってくれているから、あなたには食事の支払い義務がないだけだ。ここをはっきりさせておかないと、
「無料? 何かに勧誘されるんでしょ? 何かのプロモーションでしょ?」と思われてしまう。食事代を払わない代わりに、時間を差し出すという交換が成り立ってしまう。食事代はプロモーション・宣伝費として賄われるものだとみなされてしまう。

■食事を「無料」にすると、誰かに負荷がかかる

すべてのものが恩、物々交換で回る時代ならば話は別だけれど、食事を準備するのに、今はお金を払って材料を買っている。「無料」ではないから、誰かが負担をすることになる。

また、「あそこの店は無料で食事を配っている」と思われると、周辺のレストランにも迷惑がかかる。そもそも、レストランでの飲食は支払いに値しない無価値なものではない。

■無料=恩送りなのか?

西野さんは次のブログで「情報の無料化は誰にも止められない」と書いていた。確かにそうだとは思う。けれど、「無料=恩送り」ではないと思う。

プロモーション・宣伝の代わりに何かを無料で提供する場合、その何かは実際は無料なのではなくて、受け取る側の「時間」という「対価」を要求しているとも考えられる。これは、西野さんが「お金の奴隷開放宣言」で書いていた「恩で回す」ということとは違う。
テレビやネットメディアの情報に無料のものが多いのは、広告費が入るからだ。これも、西野さんが書いていた「恩で回す」ということとは違うように感じる。

もちろん、情報発信を「恩で回す」で行う人もいるとは思う。たとえば、佐々木俊尚さんのツイッターでの朝キュレを私は毎日楽しみにしているけれど、朝キュレはたぶん「恩で回す」だ。何かをプロモーションするわけでも、佐々木さんはそれで何かを得ているわけでもない。(たぶん、楽しんでやっていらっしゃるのだと思う。)

■背景にある「意識」が大事

カルマキッチンに関して「次の人の分を支払うなら、けっきょく自分の分を支払うのと同じじゃない?」と言われることがある。
ギフト経済ラボでは、こういう説明をしている。

例えば、首都高の2つの料金所のうち、1つは自分の分を払う「通常レーン」、1つは自分の分は前の人が払ってくれていて、次の分を払う「恩送りレーン」があったとする。それを選べるとしたら、どっちを選びますか? カルマキッチンは「恩送りレーン」と同じ発想で、ランチを食べる経験ができるんです。

一見、同じように見えることも、意識には違いがある。同じように、「無料」に見えることも、意識にはけっこう違いがある。どんな意識でやっているかが肝なのではないかと思う。

■有料であるはずのものを誰かからもらうから、「恩送り」が成立するのかもしれない

ギフト経済ラボがやっているカルマキッチンは、今月29日(日)に第15回を迎える。お店には食事代を支払っているが、トータルの収支は黒字だ。

ただ、トータルの収支が黒字になるのには、理由がある。「次の人につなげたい」という気持ちに加えて、みんながだいたいの相場を知っていて「支払うのが当然」という意識を持っているからだと私は思う。

■クリエイターやアーティストや娯楽産業従事者は、そもそも食べていくのが大変だ

ところが、残念ながらアートや娯楽に対しては、お金を払うという発想を持たれにくい。プロモーション目的や公共財として無料にされているものもたくさんあるし、趣味で品質の高いものを提供する人もいる。

加えて、イソップの「アリとキリギリス」みたいに、アートや娯楽を「趣味でやるもの」とか「無駄なもの」とかみなす傾向があるから、支払う義務を感じない人もいるかもしれない。でも、本来はアートや娯楽も、支払いに値する、価値あるものなはずだ。

そんな状況の中で「無料です」と提供してしまうと、やっぱりあまりよろしくない気もする。西野さんにも「有料だけれど、情報の分は私からのギフトです」と贈って、「次の人にギフトとして繋げたいなら、ここから支払えますよ」と投げ銭用の支払いツールでもつけてくれたら、恩送りらしいし、クリエイターやアーティストや娯楽産業従事者にも迷惑がかからなかったのではないかな。

■お金そのものが悪いのではなく、お金の扱い方が悪いのではないか

西野さんは「お金の奴隷解放宣言。」と書いていた。「お金なんかなくなったらいいのになあ」と、私も以前には考えていた。お金は難しいなと思うことは、今でもある。でも、たぶんお金そのものに問題があるのではなくて、お金の扱い方に問題があるのだと考えている。

初めてカルマキッチンにお客さんとして行った時に、とても楽しかったから「私が恩送りすることで、この経験を3人くらいにしてもらいたいな」と思った。そこでのランチ代はだいたい千円くらいかなと思ったから、三千円置いてきた。そのときに「ああ、私は今までコスパを重視するあまり、『お店が存続してほしい』という気持ちを置いてこなかったのかもなあ」と感じた。
(そのときに書いたブログはこちら:http://sayakafelix.com/2013/07/08/560/

今、私は図書館や古本屋さんにある本も、存命の方のものは著者の方にお金が入る方法で買うこと極力心がけている。youtubeで聞ける曲も、何度も聞きたい場合は音源を購入する。だって、また次のものを発表してもらいたいから。続けてほしいから。

■モヤモヤしたら、ギフト経済ラボのイベントに来てみて!

お金の使い方は、生き方とリンクしている。ギフト経済だけが「正しい」方法ではないだろう。プロモーションで無料にするのだって正しい。普通に有料でものを売ることだって、正しい。(個人的には、いろんなお金の使い方を併用していくのが良いのではないかと思っている。)ギフト経済の発想を聞いて、モヤモヤしちゃう人もいるはずだ。モヤモヤしてほしいとも思う。

ということで、モヤモヤしたら、ギフト経済ラボのイベントに来てみてください。ラボのメンバーも、一緒に考えたいです。どのイベントも、支払いは恩送り形式です! つまり、あなたの分は、前のお客さんが払ってくれているので、支払い義務はないですよ。おしまい。

【関連情報】
・1/23(月)19:00〜@港区南麻布 お金について考える「夢を語れ・カルマキッチン」イベント 
http://kokucheese.com/event/index/445273/

・1/29(日)ランチタイム@文京区春日カルマキッチン
https://www.facebook.com/events/1812697538950805/

・カルマキッチンホームページ
https://karma-kitchen.jimdo.com/

・ギフト経済ラボホームページ
https://giftjp.jimdo.com/

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