センチメンタル・バリュー付きクリスマスツリー

先週の土曜日、クリスマスツリーをやっと片付けた。日本ではお正月仕様に変えるために、クリスマスツリーを長々と出しておく習慣はない。けれど、フランスでは6日まで飾るらしい。このところ数年、家族とともにクリスマスを過ごしていない夫の意向を汲んで、ちょっと長めに出しておいた。

このクリスマスツリーは実家から持ってきた、私が小さい頃から使ってきたものである。


■人工的なツリー
私が物心つく頃には飾っていたから、30年くらい前のものだ。ツリーはポリ塩化ビニル製で、いかにも人工的。芯にペカペカした枝をはめ込み組み立てる。

当時は今のように恐ろしく安い商品はそんなになかったように思う。100円均一みたいなお店もなかったし。だからこのクリスマスツリーもそんなに安くはなかったはずだ。でも、高級品ではなかっただろうし、今だったら2000円くらいで買えるような代物だ。

■年季が入っている!
初めてうちに飾ることにしたときにはツリーの枝に綿ぼこりが絡まりまくっていた。箱ももう古くなって小汚い。

オーナメントもボロボロで、トップに飾る星なんか割れちゃってる。セロハンテープで補強したあとも茶色くなって粘着力ももはやゼロ。ライトはコードも無骨でうまく絡ませられないし、色が褪せている。

■綿ぼこりを取りながら思い出したこと
実家から使わないツリーを持ってきたときには、箱はともかくツリーがこんなに汚ないとは思っていなかった。捨てようかなと思いながら、枝から綿ぼこりをつまんだときに、急に記憶が蘇ってきた。

毎年、クリスマスの飾り付けが楽しみだったこと。雪がいっぱい積もっているように見えるように、消毒用のコットンをちぎってツリーにたっぷり乗せたこと。クリスマスが楽しみで、ツリーを触りにいったこと。ツリーがうれしくて近づきすぎ、しょっちゅうツリーの枝にセーターを引っ掛けたこと。

ツリーの枝に付いている綿ぼこりは、コットンだったりウールのセーターの毛だったりしたのだ。

■センチメンタル・バリュー、ノスタルジック・バリュー
それを思い出した途端、「ああ、これは捨てられないなあ」と思ってしまった。丁寧に綿ぼこりを取り除き、使えるオーナメントをより分けて、汚いものは捨てたがる夫に
「汚く見えるかもしれないけれど、小さい頃に使っていたツリーだから捨てたくないんだよね」
と伝えたら、
「センチメンタル・バリューがあるんだな。いいよ」
と快諾された。よかった。

他人には無価値に見えても、ノスタルジックな価値があるものは、大切にしたいと思う。捨てるのは一瞬だけれど、30年等の長い年月は買えない。まだ全く問題なく使えるし。そもそもクリスマスツリーは1年に2週間くらいしか使わないし。

■今持っているものにも、センチメンタル・バリューがつくといいな
考えてみれば、今手元にあるものも、大切に長く使うことで「ああ、これはあの人と会ったときにも着ていた洋服だな」等と、センチメンタル・バリューがつくのだろう。

それは、パカパカと大量に物を買ってしまっていればつかない。そして、心豊かな生活をしているほどつくだろう。今持っているものにも、いろいろなセンチメンタル・バリューがついたらいいな。

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▼今日のカシス。顔まわりをちょっと切ってみた。▼

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