「限りある身の 力試さむ」

「もしもし、おばあちゃん。さやかだよ。寝てた?」
そう聞くと、おばあちゃんは本当は寝ていたのではないかと思わせるもそっとした声で、
「寝てないよ。そろそろ寝ようかなと思っていたとこ」
と応える。これが、私がちょっと会社から早く帰れたとき、携帯電話で最寄駅から家までの間にかけるおばあちゃんへの電話の、お決まりの言葉だった。

sanson
 おばあちゃんはそのとき78歳。すい臓がんで、余命3ヶ月といわれたのに、
「先生、私は3年生きてみせます!」
と、医者に啖呵を切り、ちょっと調子がよくなったら退院して、住み慣れた山間の村にさっさと帰って一人で暮らしていた。ラジオもNHKくらいしか入らない、山奥の村だ。

 おばあちゃんは、何もない田舎できっと退屈しているだろう、と思って電話をしていたのだけれど……
「今朝はね、いい俳句ができてんだよ」
と、俳人だったおばあちゃんは電話をするたびに、楽しそうに新作の俳句を披露してくれた。
「日焼けの子こんがりこげし味噌むすび」
「コスモスを咲かせて美田を守りおり」

 山の生活は都会の生活よりも季節感に溢れている。おばあちゃんの俳句は、私がアスファルトの埃っぽい道を歩いていることを忘れさせ、太陽がキラキラ輝く夏や、秋空が美しい風景を想像させてくれた。そうしてひとしきり俳句を披露した後、おばあちゃんは私にいつも聞いた。
「仕事は、どう? 元気に頑張ってる?」

 ある日、私は会社で大失敗した。教材をつくる編集の仕事をしていた私は、学習阻害になるようなミスのある教材を世に出してしまったのだ。こんなに仕事ができないならば会社を辞めてしまったほうがいいのではないかと苦しくなった。そして帰り道、どうしても我慢しきれずに、いつもよりもずっとずっと遅い時間だったけれど、おばあちゃんに電話した。

おばあちゃんは当然寝ていたはずなのに、
「寝てないよ。そろそろ寝ようかなと思っていたとこ」
と、いつもの言葉で応えてくれた。おばあちゃんの体調が少し悪くなっていたのは知っていた。でもそのおばあちゃんに甘えて電話してしまったのだ。

 ひとしきり、私の会社を辞めたいという愚痴に付き合ってくれたあと、おばあちゃんが言った。
「憂きことの なおこの上に積もれかし 限りある身の 力試さむ」
「えっ?」
「おばあちゃんね、最近この詩を唱えてるんだよ。この詩を詠んだ人にとっての『憂きこと』って言ったら、おばあちゃんの想像ができないほど大変な出来事だったんだと思うんだけどさ」

 そうか。限界に挑戦か。私はおばあちゃんの教えてくれた詩をくちずさんだ。限界に挑戦しているのだと思えば、仕事ができないことくらい、何の苦でもなくなるな。おばあちゃんの教えてくれた詩は、私に元気を与えてくれた。

 私が元気を取り戻したのを察して、
「がんばり。挑戦して、損はないから」
おばあちゃんは、そう言って電話を切った。

 それから数ヶ月。おばあちゃんはお医者さんに宣言した言葉を裏切らず、余命宣告よりもずっと長生きして、亡くなった。十分に自分の体の限界に挑戦して逝った。

 おばあちゃんを励ますつもりでかけた電話は、いつもおばあちゃんに、季節の移ろいを感じさせてもらい、励ましてもらう、おばあちゃんへ甘えるための電話になってしまっていた。一緒に暮らしたことがなく、遠く離れたところに暮らすおばあちゃんに、こんなに甘えたことはなかった。おばあちゃんの黒電話と、私の携帯電話の間の電話線は、当時の私にとって命綱のようだった。

 今でも、困難なできごとに出会うと、私はおばあちゃんの教えてくれた詩を思い出す。そして、いろりのそばにシャンと背筋を伸ばして座り、黒電話を握りしめて電話をするおばあちゃんが目に浮かぶ。おばあちゃんちの電話番号は、かけたらおばあちゃんと話せる気がして、今でも携帯電話に残っている。

注)この話は、シゲ子じゃないほうの祖母の話です。

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