物を捨てることは、究極の「物を大切にすること」

とてもおもしろいブログを読みました。

誰かの「断捨離しました」がつらいと思う気持ちの考察
「捨てる」「やめる」を本当に実行する時に心に引っかかるのは、なんらかの「罪悪感」なのではないでしょうか?

ものや思い出をバンバンと捨てることができる人への恐怖心みたいなものを丁寧に解きほぐしていく過程がとてもおもしろいです。

気持ち、とてもわかります。一方で、最近私は物をちゃんと捨てないことへの罪悪感も感じています。ちょっとアニミズム的で幼稚っぽいけど、書いてみよう。


abandon car

実家の部屋を片付けたら、「捨てたくない病」再発!

以前にこのブログにも書いたように、私は結婚と同時にフェリックス軍曹のお片づけブートキャンプに入隊させられてしまったため、物をよく捨てます。しかし、実家の父母はあまりものを捨てません。たぶんそれは、メールやスキャナがなかった頃に、父が海外に資料を集めにいっていたことの名残ではないかと。お菓子の空き箱みたいなものも資料として集めていたし。「一見ただのゴミに見えるけれど大切なもの」が家にありすぎたために、「父にとって大切なものかもしれないから(何でも)とっておく」という行動になってしまったのではないかと思うのです。(援護しておいたよ、お母さん)

フェリックス軍曹のお片づけブートキャンプで鍛えられた私は、偉そうに母に「片付けなよ〜」と上から目線で言っていました。でも先日、とうとう母が言いました。「清香の部屋は片付けないの?」って。恥ずかしながら実家の私の部屋には、まだ荷物がたくさんあるんです。

そこで、先日ちょっと荷物を片付けにいきました。結婚して今年で5年目なので、私の部屋にあるものは写真など一部のものを除けばほとんどが不要品。でも「まだ使えるしなあ」「誰か使わないかな」と、ゴミにするのを回避したい気持ちが出てきました。「捨てたくない病」、再発です。

物を捨てるのは「お弔い」。捨てないのは「遺棄」である

母に「これ、使わない〜?」と押し付ける作戦や「不要品。お譲りします」と書いてマンションの下に置いておく作戦も考えました。でも、母は家にあることを知りながら使っていなかったのだし、「お譲りします」と他人に渡すにはちょっとくたびれすぎている。また、我が家に持ち帰るとするとフェリックス家のルールにより手持ちの同種のものを捨てなくてはいけなくなります。

そこで「捨てたくない病」をおして捨てることにしました。めちゃくちゃ心が痛かった。もったいないー、まだ使えるのにかわいそうーって。

でも心を痛めて捨てながら思ったんです。これって何かお弔いに似ているって。5年もの間、誰も使っていなかった物は、その物の機能としてはもう死んでいるんです。だからその物が過去に果たしてくれた機能に感謝して、さよならを告げるべきなのです。なのに捨てないで家にとっておいたり、変なところに放置したりするのは「死体遺棄」みたい。草むらにゴミや使わない物が放置されているのって「遺棄」っぽいでしょ? それから、その不要品を誰かに押し付けるのは、お弔いをする責任を放棄しているんだなって思ったのです。

フェリックス軍曹(夫)は、たとえ100円均一の物であっても、気に入った物は手入れして長く使います。修理できないほど悪くなったらさくっと捨てますが、その際はたとえそれがパンツであろうと靴下であろうと(笑)、キスをして「ありがとね」と言ってゴミ箱に入れます。(まあ、急いでいる時などはやらないけどね。)バシバシ物を捨てる彼にとっても、物を捨てるのは「お弔い」に近い気持ちなのでしょう。

「もったいない」と物を取っておいた時代には、その物が後に必ず「生きる」場がありました。だから取っておいても良かった。でも今、「もったいない」と物を取っておくのであれば、必ず後で生かせるようにきちんと管理して手入れしておかなくちゃいけない。そうでないなら、物を不要にとっておくことは遺棄でしかありません。

だから「捨てたくない病」が再発しそうになったら、「それは遺棄ではないか」と考えればいいのではないかなと思うのです。家が遺棄された物だらけになっていると考えたら、ちょっとゾッとします。

なるべく捨てたくないから、なるべく長持ちする物を大事に使いたい

ただ、お弔いはやはり胸が痛いもの。なるべくやりたくありません。また、今回のように同種の物があって不必要だからと捨てるのでは、物が機能を全うしていないまま弔うようで気持ちが悪い。できれば、「ああ、よく働いてくれたね」と感謝して、捨てたいものです。

そう考えると、安易に物が買えなくなります。必要な物をよく吟味して、最後まで使うつもりで買いたくなります。つまり、必要ではないものを痛みを持って正しく捨てることは、大切にしたい物を買うことにつながるんです。

というわけで、「物を捨てることは、究極の”物を大切にすること”」なのではないでしょうか。おわり。

写真= ”Car in front of Militia Station” by Timm Suess(Attribution-ShareAlike License)

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